23:癖 つい数分前まで真横にいた顔が、ごろんと転がって反対側を向いた。桂が思わず瞬いてから眼を閉じると、少ししてまた隣にいた温度がごそごそと動く音が聞こえ、薄く目を開くと銀髪の幼馴染がこちらを向いている。
「……寝るなら寝るで大人しく寝んか」
「普段お前の方が先に寝ちまう癖に、何で今日は俺より全然元気なの」
「それは貴様が昨日徹夜なぞしたからだろう。朝帰りだったとリーダーから聞いたぞ。大人は不潔ネ、とリーダーにまで言わせるようなことをするんじゃない」
「何、神楽の口真似してんの。全然うまくねーんだよ。大体朝帰りとかね、お前誤解を招くような言い方やめてくんない。依頼が入ってたんだよ、浮気現場押さえろっつーよ。俺だってね、どうせ朝帰りすんなら今目の前にいる誰かさん抱いてぬくぬくしてたかったわ」
「……」
桂は自分の顔が少し熱くなるのが解った。だが表情は変えない。相手の言い分に、彼とこうして抱き合っていたかったという言葉に照れてしまった、などとバレたら、目の前の幼馴染が思い切り図に乗ることは眼に見えている。
押し黙った桂を見て、銀時が眉を寄せて首を捻る。微かな布ずれと髪の音。ふわふわだ、と視線が思わず上がって宵闇の中でも銀色に微かに光るその髪を追いかける。
「あー? どうかしたか、ヅラ」
「……いや、何でもない。歯の浮くようなセリフを考えようとする努力をするよりも寝る努力をしろ、と言おうとしただけだ」
「何でもなくねーだろーが。つーか歯の浮くようなセリフって、お前、今の台詞、もしかしてちょっとぐれーは格好いいと思ったのか。あー、まーな。ついさっきまでと同じことすりゃ、俺も起きる努力はできんだけどよ」
寝入ってからはずっと桂の腰を抱き寄せていた幼馴染の腕に力と熱とがこもる。一瞬先の熱が呼び起されかけて、桂は慌てた早口でそれを押し止める。
「俺は、『寝る』努力をしろ、と言った筈だ。あと、別にちょっとも格好いいなんて思ってない。寒かったのか、などと思っておらん」
「……お前さ、たまに舌っ足らずになるよな」
銀髪の幼馴染が、凝っと桂の眼を覗き込みながら口を開く。
「な?」
不意の言葉に驚いて瞬き、面白そうに桂を見つめる真紅の瞳を覗き込む。幼馴染の銀髪は、にやにやした顔のままで言葉を続けた。
「格好つけて真面目なことを言おうとしてんのに、何か言い忘れて言い足そうとしたり慌てたり、そんな時は舌ッ足らずっつーの? ……可愛い言い回しになんだろ。いつも固っ苦しい言い方ばっかりだから目立つんだよ」
「そ、……そんなことない」
にやにやと嫌な笑いを浮かべる銀時から視線を僅かに逸らして桂は言い張る。
「ほらよ、今もな。落ち着いてる時なら『そのようなことなどないだろう』的に? もっと固い言い方すんじゃねーか。なのに、助詞だのひっこ抜けて、ガキがムキになったみてーな言い回しになってるだろーが」
指摘されてそうだったろうかと桂は思い出そうとするものの、幼馴染曰くのムキになっている状態、なのだろうか。なかなかうまく思い出せない。
「クセっつーなァ、自分じゃ気づかねーから仕方ねーけどな」
面白そうに言った銀時が黒い頭を抱き寄せて唇を額に落とすと、先に顔を襲った熱が更に熱くなる。それで無闇と目の前の真紅の瞳を凝視してやったら、今度は瞬いた銀時の方が鼻の頭を掻いてから視線を逸らし、最終的にはまた最初と同じようにごろりと反対側を向いてしまった。
ああ、と思って桂は瞬き、ふ、と微かな笑みを口元に刻む。
「……確かに、癖というものは己自身0では気づかないようだな」
何、今頃気が付いたのかよ、というぼそぼそとした声が向こう側から聞こえてくる。桂は布団から出した腕を伸ばして幼馴染の額に触れると、そこに掌を乗せながら言った。
「誰かが凝っと見ると、貴様すぐに視線を逸らすだろう」
「な」
額の手を剥がす勢いで、ぐる、と銀髪の頭が桂の方に向き直った。
「べ、……べべ、別にそんなこたーしてねーだろ。何勝手に人の癖作り上げちまってんの。お前」
「だから言っている」
ふふん、と今度ははっきりと口の端を上げて笑みを深めながら桂は言った。
「自分では気づかんものだなぁ、とはな。銀時、貴様が言ったのだぞ。よもや、たった今自分で口にした言葉すらも忘れた、などとは言わんだろうな」
「ぐ」
カエルの潰れたような声がして、銀髪が布団の中に顔を潜らせる。笑って今度は桂が銀髪を抱き寄せた。
「もふもふしていていい感じだ」
「るせえ」
「本当だぞ」
「るせーんだよ」
徐々に言い合う言葉の感覚が減っていって、やがて互いに腕を互いの身体に回して抱き合って、銀時が桂の頭を抱き締め、桂が銀時の胸元に頭を寄せて静かになる。目を閉ざす寸前、黒髪の青年は暖かな胸元に頭をすり寄せながら、ぼんやりと考えた。
自分では気づかなくて、大切な相手のものには気づく。
それがきっと、クセ、……というものなのだろうな。
fin
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