20:留守電

 携帯のナンバーをプッシュした。1件のメッセージをお預かりしていますのアナウンスの後、聞こえてきた最初の第一声はいつも通りのやる気のないだらりとした幼馴染の声。だが、相手がこちらが留守電だと気づいた瞬間に、留守電に吹き込まれていた相手の声が妙に堅苦しくかちこちとしたぎごちないものになる。
「何をやっておるのだ、アレは」
 ――真撰組のハイテク捜査班に見つからないよう攘夷志士勧誘メールを大量一斉送信していたので電話を取るのが少し遅れ、気づいたらちかちかと着信を知らせるランプだけが輝いていたのがつい1分前。そして桂がエリザベス模様の覗き見防止シールの向こうの画面でリダイヤルを確認して留守番電話を聞くと、つまりそんな感じの声が入っていた。用件は何だと思って耳を携帯に押し当て留守電をもう1度聞いてみたが、良く聞き知ったその声が紡ぐ言葉は一向に要領を得ない。ただ。散々何か意味不明な内容を呟いた揚句、幼馴染がその後に残していた言葉はこうだった。
『あー、……つまり、――その、え、コレ何を吹き込みゃいーんだ? 何ヅラの癖に留守電とかハイテク駆使しちゃってんの。大体てめーが携帯持ってる事自体が驚愕なんだけど。頭ン中がファミコンだのツインファミコンだのでストップしてる奴が、どうして携帯なんざ使っ』
 つーつーつー、時間切れ。そこで言葉はいきなりぶちりと切れている。
「……」
 まあ解らんでもないな、と、そう思う。留守番電話というものは異様に緊張するものだ。しかもそれが、相手は絶対電話に出るものと想定していて不意に繋がった瞬間などは。
「だから緊張するときには人という文字を掌に書いて飲め、とあれだけ毎回言ったと言うのにな。銀時は物忘れが激しくていかん」
 真顔で口にすると、もう1度留守電を聞き直した。
「……もしやすると、聞いている内に理解できるような暗号でも隠されていてはいかんからな。奴のことだからそのようなことはあるまいが。昔からアレは単純で、そのようなことに気が回るのは高杉と坂本の方で」
 呟いていると、昔の白頭のことが思い浮かぶ。あの頃は随分尖っていたものだ。今は緩すぎるが。
 そう思いながら桂はもう一度ナンバーを押して留守電を聞く。先と同じ声が聞こえた。だが、やはり内容は何度聞いても同じもので、裏に何か隠されているようにも思えない。
「……いや、だがもしかしたら、銀時の声の後ろで微かに聞こえているテレビの音がヒントになって、そこから何か推理しろという話なのかも知れんな」
 呟きながら、もう1度留守電に繋がるナンバーを押す。繋がるとまた、先に聞こえた全く同じ声が聞こえてくる。先の2度と同じく、その声を聞き終えると保存を選んで終了。
 しかし切った直後にもう一度携帯のナンバーを押したのは。
「――。……その、――いや、もう1度聞けばあるいは」

 そうしてもう一度、もう一度、を繰り返した挙句、桂が30度目に留守電を聞こうとした瞬間、今の隠れ家にしている長屋の扉が吹き飛ばされ、その扉が背後から思い切り自分の背中に当たって桂と携帯を押しつぶした。
「てめーはどんだけ長電話すりゃ気がすむんだァァァァア!」
 そんな声とともに飛び込んできた黒いブーツの男は、一応玄関口でブーツを脱いでからずかずか上り込んで来ると、木製の扉の下から黒髪と白い手だけが覗いている、扉の下の屍のような何かの腕に足を乗せて踏みつけた。
「人が何度も何度も電話してるっつーのによ、最初の一度は留守電なんざ使いやがって。次にかけてみりゃ話し中だったから少ししてからかけりゃまた話し中とかね。テロリストの癖に長話とかよ、お前はどこのおばちゃんですか、女子高生ですかコノヤロー」
 ようやく足を下ろして銀時が扉を玄関の方にたてかけると、その下でぴくぴくとした虫の息状態だった桂が持った携帯から、留守電の声が聞こえた。
「――。……何、留守電今頃聞いてたのかよ」
「いや、随分前から何度も聞いていた」
 よろよろと起き上がりながら、携帯を握りしめて桂が言う。
「何度もって何度聞いても留守電なんざ同じだろ。しかもそれが原因なのかよ、俺が電話何度かけ直しても話中だったってのはよ」
 半眼になってヤンキー座りをした銀髪の男は、留守電から聞こえてくる自分の声を止めるべく腕を伸ばす。
「いい加減消せよ、留守電なんざ」
「嫌だ」
「あ? 何言ってんの。恥ずかしいだろ。留守電とか緊張しちまうんだよ、さっさと消して欲しいんだけど」
「嫌だ」
 携帯を握って真顔で言う幼馴染に眉を寄せた銀時が、桂の顔を半眼で見ながらもう一度聞いた。
「何でだよ」
 そうしたら、酷く真面目な顔をして、綺麗な眉間にしわを寄せて、桂が少し視線を逸らしながら言った。
「――これなら、貴様の声が聴きたい時にいつでも聞けるだろう」
「……バカかてめーは」
 はーっと顔に手を当てて頭を垂れると、黒髪ぐいっと引っ張って銀時。
「声なんざいつでも聞きにくりゃいいだろ」
 そんな録音の声なんざじゃなく、という声は重なる影の合間に消える。微かな湿った音ととも離れた影。
「――。……次は聞きに行くことにする」
「って言いながら何そっとそのまま携帯閉じてんの、留守電消さねーですまそうとしてんの」
「だからな、これはお前が忙しかったりだの俺が攘夷活動で逃げ回っている時の為のとっさの折にお前の声が聞きたかった時用にだな」
「るせェェエエ、今すぐ消せ、すぐ消せ、大体俺は留守電なんざ嫌いなんだよ、何しかけてやがんだ、あの緊張感耐えられねーんだよ、それ何度も聞きやがってどんだけ羞恥プレイィィィイ!」
 腕を押さえて無理矢理携帯を奪おうとした銀時の手の先から、桂の携帯が転がって部屋の隅に勢いよく吹っ飛んでいく。がしゃりと妙な音がして、携帯が通常開くのとは逆向きに折れた。
「……」
「――銀時」
「……じゃ、……じゃーそういうことでな、ヅラ」
「――銀時、アレは現状の最新もでるでな。確か5万」
「あ、ああ、今日は暑くてたまらねーなァ!」
「待て銀時。武士らしく潔く修理費を支払え」
 がしっと桂が銀時の腕を掴んでその場に縫い付ける。
「ねーよそんな金ねーわ、大体、てめーが最初っから電話に出ねーからこんなことになんだろ」
「あ、そうだ。そう言えば貴様の用件は何だったんだ」
「……」
 今度は、腕を引っ掴まれて捕まっていた銀髪の男の方が押し黙る。
「――。お前が熱射病にでもなってねーかと思ってよ」
「……」
 何となく桂の顔が赤くなったので、銀時の顔も釣られて赤くなる。
「だ、だから全部てめーが留守電なんざ使ってすぐに電話に出なかったのが原因だからね、俺はいっさいがっさいなんも悪くねーからなァァァア!」
 ああ、と桂は思って、掴んでいた二の腕を引き寄せる。
「――そうだな。俺が悪かった」
「す、……素直じゃねーか」
「貴様の声は、直接聞いた方が心地良い」

               fin

BGM:銀色の空

モドル

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