14:筆跡 ポストに投函されていた年賀はがきの余りと思しきものを見た。宛先は書かれているが差出人は書かれていない。
銀時は、しばらく凝視していた後に、びりびりとそれを破り捨てると年賀状の時と同じように窓から放り出し、それからおもむろに「ちょっと出るんで後は頼むわ」と、唐突のことにきょとんとした従業員兼家族二名と一匹を残して外に出た。
道を二度曲がって小さな水路を一本横切る。昼は点灯していないネオンの下を抜けてごちゃごちゃとした長屋の立ち並ぶ辺りで足を止め、一、二、と数えて五軒目で足を止めると、無言でその表の木戸に向けて全力で蹴りをかまし、古い扉を室内に向けて吹っ飛ばした。
「銀と、ゴファッ!?」
気配に気づいて立ち上がりかけていた党首の顔面に、思い切り吹き飛んだ扉が叩きつけられる。
「よォ、ヅラ。何だ、また家政婦コスプレでもしてんのか」
「ヅラではないエヅラ子だ。家政婦コスプレではない、市原ピー子だ」
「お前、顔面に扉突き刺したままよくまともに喋れんのな」
顔面からだらだら流血しつつも、真面目な表情を崩さず袖と袖を合わせて腕を組んだ恰好で桂。
「顔面に扉ぐらいどうということもなかろう。顔面にボラ○ノールでは気になるが」
「いやそれと比較すんのお前、いっそ突っ込んでやろうかソレ顔に」
「銀時はそんなプレイが好みか」
「誰のプレイだよ誰の。じゃねーっつってんだろーが」
顔面に刺さった扉の破片をぐりぐりと押し込んで銀時は言った。
「何人ん家に、あんな消印なしの手配送見え見えのハガキ突っ込んでったんだてめーはよ。何してーのか解らねーよ」
「な」
はっと後ずさった桂は、ようやく頭から破片を引っこ抜いて放り出し、血まみれの顔で言った。
「何故アレが俺の仕業だと解った。今日はスタンバっていたことも珍しく俺の名前も書いていなかった筈だが」
「自分で珍しいとか言っちゃってるよこの人。何スタンバってたの本当はスタンバってたの気配どんだけ殺してんのむしろ何不審人物――って、そういやお前、指名手配犯だったか」
納得したように言った万事屋は、相手の羽織の袖で桂の顔面を適当にがしがしと拭いながら言った。
うおお? と妙なくぐもった声を出した桂は、目が開けられるようになると相手を眺めて眉を寄せる。
「……俺は一言しか書いていなかった筈だが」
「一言で十分だっての」
「それで来たのか」
「それ以外にどうしてこんな所まで来ると思ってんだてめーは」
「いや、たまたま偶然坂の途中で花下由美子さん58歳と会い、運命的な恋に落ちて即座にフラれ、その道の先で一人空を見ていた雄太12歳に諭されたお前が」
ごす、と音がして、扉の取っ手が桂の口から生えた。
「いいから、もういいから黙ってろ一生口開くんじゃねえ、うっざい手紙だけ書いてろ」
「もが」
――その文字が誰のものだか、なんてことは一目で解った。何年その文字を見てきたと思ってんだこいつは。慣れた墨の線に、潔さ、もしくは諦めの良さが滲む筆使い。そんな文字を書く奴は一人しか知らない。
「で?」
「……『で?』?」
取っ手を吐き出してゴミ箱で燃えないゴミに分別すると、問われた桂は振り返った。
「何でもねーよ。邪魔したな」
「あ」
「あ?」
「……いや」
「……。――何だよ」
「……。――、……」
「うっぜェェェエエエ!」
顔面に蹴りを叩きこんだ銀時は、叫んでから相手の頭を引っ掴む。
「あだだ、銀時離せ、痛い」
「てめーのウザさに俺のハートの方がブロークンで痛いわ」
引っ掴んで引き寄せた桂の顔に、間近で半眼の常の表情のまま銀髪の男は告げる。
「で」
「……邪魔ではない。茶の1杯は飲んでいけ」
ようやく聞こえた声はそんな言葉だった。髪から手を離して返事が戻る。
「茶菓子はあんだろーな」
「草団子がある。貰いものだが」
「なら仕方ねーな、茶ぐらい奢られてってやる。次はきちんと用意しとけ」
次、と呟く声がした。
玄関扉が損壊したままの長屋の部屋に胡坐をかいて座りこむと、桂の表情が少し和らいだ気がした。それを見ながら銀時は耳に小指を突っ込んで言った。「……だからもう、『逢いたい』なんてなハガキ、突っ込んでくんじゃねーぞ」
fin
モドル
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