奇跡。 BGM:YOUR SONG(song byTMN)
「じめじめじめじめ、毎日うっとおしいな」
そんな風に、誰にあてるともなく愚痴を言う。
「仕方あるまい、今は梅雨の季節なのだからな」
「違うわ、てめーのツラだよてめーの」
「ツラではない桂だ」
「ヅラでもねェェェェエ! いや、ヅラはヅラだけどな」
言いながら、銀時は傍らで変装の女装をしながら歩いている幼馴染の黒髪をぐいと引っ張った。
「痛いだろう銀時! 何をする。髪も整えるのは時間がかかるのだぞ」
「るせェェェエ! 何で毎日毎日最近女装だよ、うっとおしいだろーが」
「別に貴様に逢いに毎日来ている訳ではない。この時期はなかなか良いバイトがなくてな」
「お前すっかり攘夷活動家じゃなくてフリーターだよね。そうだよね。いや、俺的にはその方がいいけどよ」
「……」
じろ、と、横目で睨まれた気がして、銀時は一瞬口を噤む。端整な横顔はそんな眼でも崩れることはなかったが、内面の電波さを知っている銀髪の侍はその凄みにも、毛ほども普段のだらけた表情を変えることなく耳をほじってふ、と飛ばす。
「ただ、その格好でヤロー相手の酌するバイトなんざさっさとやめちまえ」
ぼそり、と何気なく言われた言葉に、何となく桂は瞬いて横目で傍らを見る。
「う、うるさい。だから良いバイトが欲しいのだと言ったろうが」
「だから何でそれでかまっ娘だよ。てめーは」
「結構良い客が着くので稼げるのだぞ。俺には髭がほとんど生えんのでな。そこだけは趣味の客が残念がることもあるが」
「待てよおめーに髭とか似合わねーから、つけ髭した○リオの時の顔見てみろ、似合わなすぎて笑えたから」
「マ○オさんではない、カツオだァァァァアア!」
「ツッコミどころそこかァァァァァア!」
思わずツッコミ返して綺麗に化粧を施された顔面に、ぐーどころかブーツの底を叩きこむ。だが、それもいつものことで、ずべしゃっと地面にぶち倒れた幼馴染はすぐにひょこりと、顔面にブーツの底跡をつけたまま起き上がった。
「銀時ィィイ! 幾ら出勤帰りだからいいとはいえ、化粧が崩れるだろうがァァァア!」
「だからツッコミ処はそこなのかよォォオオ!?」
もう1度ツッコんでみようかと思ったががくりと全力脱力して、代わりに幼馴染の肩に腕を引っかける。幼馴染が女装している間は、新八たちよく桂を見知った者がいなければこのような格好をしても不自然ではないのだけは感謝する。
深夜遅く、行きつけのパチンコ屋を出て一杯ひっかけて戻ろうとすると、最近毎回必ずといっていいほど、むしろ待ち構えてスタンバってないかと思うほど、バイト帰りのこの黒髪の幼馴染と鉢合わせした。確かに、最近新台が入ったのと最初の出目が良かったので、ついつい通っているその店は、かまっ娘倶楽部を通る通りにあったし、閉店間際までいて、安い屋台で酒を煽って戻ると深夜過ぎになりはするのだが。
だが、そういや何でこっちの店にしたんだろう、新台ならば大体どこの店も入っているのになと、ふと銀時は考える。考えてから、何となく頭を振って視線を逸らし、黒髪を片手でがしゃがしゃわしわしと掻きまわす。
「おい、何をする貴様」
「俺の前でサラッサラ毎日毎日見せつけやがって、うっとおしいんだよこのヅラ」
「ヅラではない地毛だ! ヅラじゃない桂だ!」
ち、どっちの意味でもツッコめねーように言い返すたァ、ヅラの癖にやるじゃねーか、などとぶつぶつ言いながら、ネオンの途切れた路地にとん、と薄い肩を押しやって、ひとけの無いうらぶれた路地でその肩を抱く。
「で。何の為にまた金溜めてんの。やべーことすんじゃねーだろーな」
「……貴様ほどではなかろう」
ぼそぼそ、と小声で言って、抱き締められたまま桂が顔だけそっぽに向ける。思い当たる節もなくはなかったので言い返せずに何となくぐしゃぐしゃと黒髪を掻き混ぜていると、不意に甘い香りが近づいた。
「――貴様らは、いつも、」
その先を黒髪の幼馴染は口にはしなかった。叩き切ると言い切った今は隻眼の幼馴染のことも含めて、そう言えばいつもこの黒髪のバカは人のことばかり案じているな、と不意に思って銀時は抱き締める腕の力を強めた。
「たまには、てめーの心配もしろ」
呟くように言う。あの日、将軍家で大騒動が起きた時。真っ先にこの幼馴染の顔が浮かんで、喜びそうな光景だと口にしたのは本当だ。だが同時に、このバカ正直で真っ直ぐで、天然で奔放でバカでバカでバカな黒髪が、あの場にいなくて――、いないでくれて良かった、と心底それも思う。
いつも、この幼馴染は他の者を優先する。己の命や危険のことなど考えもしない。時にはそれが過ぎて、幼馴染のことを案じている者がいることすらも忘れているような気すらする。
先生が、二度と戻らないと知った時も、向き合えない銀時や高杉の代わりに、真っ直ぐにそれを見つめ、そして、彼自身も辛いことには代わりない筈なのに、俺よりも、と、銀時たちを気遣ってばかりいるロン毛。
自分の身のことは後回しで、他の者のことしか考えていない。そんな幼馴染が、最近ようやくまた幼い頃のように、桂自身が好きなもの、ふわふわだのもふもふだの肉球だの可愛いもの?だの、に良く眼を向けるようになって、自分の好きなことをし始めてくれて、銀時はようやく最近安心してきたのだ。
ああ、こいつはもう大丈夫。
だのに、まだ時折、ふと不安に襲われる。こいつもある日いきなり、獄門台に送られてしまうのではないか。理不尽な死を強要されるのではないか。
「……なあ。――ヅラ」
「ヅラじゃない、……桂だ」
銀時よりもほんの、本当に少しだけ視線が低い白い顔が目の前にある。
「もうバカやんじゃねーぞ」
「それは俺の台詞だ、バカ者」
ずっとスタンバっていたのだぞ。そんな言葉は、重ねた唇の下に消す。柔らかく食んで、いつもの口付けと違うな、と思ってから、ああ、今はこいつは紅をつけているんだったなと思い出した。
ぺろ、とその真紅の紅を舐めとるように舌で舐めてから、白粉のはたかれた額、はたく必要も本当はなさそうな青白い額に自分の額を押し当てる。
「なら、何の為の金稼ぎなんだよ。誰かに貢ぎでもしてんのか?」
「……」
そう問いかけたら桂がまた黙った。そして、僅かに紅のはげた形の良い唇を不意にへの形にして、銀時の頬を指で抓る。
「うるさい。人がはっぴばーすでーとーみーをするための準備支度金を用意して何が悪い。貴様にはどうせ金なぞなかろう。ならば俺の誕生日ぱーちーの食費代ぐらいは稼いで、豪華な誕生日にしたいではないか」
「え」
「今年は河原で誕生日ぱーちーもいいのだが、雨が降ることを考えてな。やはりいずこかを借りてと思うと金が要るだろう」
「――いや、待て、待ってくださいヅラくん」
思わず丁寧語になる。相手の額にもう一度でこをくっつけて熱を測った銀時は、まじまじと澄んだ鳶色の瞳を覗き込んだ。
「お前の誕生日がもうすぐななァ忘れちゃねーけどな。坂本も今年は、何だかオバQの件で何か礼しなけりゃな、だの言ってたしよ。新八や神楽も、今年はどうするのかなだの言ってたけどな。けど、何で祝われる側がわざわざセッティングしようとしてんの、本気でハッピバースデートゥーミーなのおめーの頭は」
「何を言っている。貴様、お登勢殿にタカらない限り、俺にケーキの1つも買えんだろうが。定春殿がペットフードを貴様に貰えんで拗ねて俺の所に来た時、すべて聞いたぞ」
ぶすりとした顔をして、桂が言う。あー、そういやそうだったか。などと思いながら、片腕は逃さないよう桂を抱き寄せたまま、もう片手で頭を掻く。掻いてからはた、と思い至ってツッコんだ。
「待て、何でお前と定春フツーに会話してんだァァァアア!」
「ぬ? 愛あればもふもふに死角なしと言うだろうが。俺には心の声が聞こえるのだ。定春殿がどれだけ貴様を好きかということもな。そして、その好きは俺のものとは違うので安心なのだがそれはともかく、貴様に俺のぱーちーを開く財力が今全くないことなど、俺にはお見通しだということだ」
「え」
「だから稼いでいるのだろうが」
「いや、そこじゃねーよ、その前だよ」
一瞬耳を過ぎった言葉が不意打ち過ぎて、銀時は瞬く。
「ぬ? 愛あればもふもふに、のくだりか?」
「今度は戻り過ぎだァァァア!」
「細かい奴だな。男でそのように細かくては俺以外にモテんぞ」
「何このデレ。急なデレ。おい、どうかしちゃったの、誕生日が近くて浮かれ過ぎて熱でも出ちまったの」
「で、」
そこで、不意に白粉の下の頬が赤く染まった。
「何この感覚。もぞもぞした感じ。つ、つーか、熱あんじゃねーか。赤いぞお前」
「あ、赤くなどない。ね、ネオンサインのせいだろう」
「ヅラのせいじゃねーの」
言うともう1度、今度は少し軽いキスをする。唇が微かな音を立てて離れると、耳元に顔を寄せる。
「もう一度言ってくんね?」
「嫌だ」
「言えよ」
「何をだ嫌だ」
押し問答を繰り返す。表通りの方でネオンサインがちかちかと瞬き、うらぶれた路地にまで時折差し込んできて、銀時の腕の中の黒髪の幼馴染を赤く染め上げる。
「解ってんじゃねーかよ」
そうツッコんだら、少しの間、桂が口を閉ざして目を伏せて、やがて掠れた声でこう告げた。
「……ッ、……貴様が、好、すき……だなどと、これ以上口にしたら、――家に帰りつけん」
「……帰りつけねーでもいいんじゃねーの。もうすぐ俺ん家だしな。今日は、神楽ももう寝ちまってっから、一度寝た神楽はよ。腹が空くかラジオ体操の時間まで起きやしねーからね」
バカ者、という小さな声が聞こえた気がした。銀時は目を細めると、背丈は同じ程でも自分より遥かに軽い、薄い桂の身をひょいと横抱きに抱き上げる。
「少し早い誕生日プレゼントで金のかかんねーモンやるから、パーティー代は出せ。ただ、豪華じゃねーでいいから、ホールケーキさえありゃいいから」
「――貴様がケーキを食したいだけではないか。それに、……」
もう、その金のかからんものは、まるっと俺が貰っている。
そう、少しばかり得意そうに、そして、だからもう無茶はするな、貴様は俺のものなのだから一人で何処かに行こうとするな、俺の目の届かない場所で俺のいない場所で刃に身を晒すな。と、銀時の腕の中で、桂は小声で呟いた。
ごめんな。
心配させたと小さく呟いて、だが、決してもうしないとは言わないずるさは残して、それでも、お前を置いていったりはしねえから、お前を残して行ったりゃしねーから、と、何度も呟きながら、銀時は桂を両腕に抱き上げたまま万事屋に向けて歩き出した。
誕生日、おめでとう。
バカ者、それは当日にに言え。
そんな声が、しばらくの間聞こえて、――そしてやがて雑踏に紛れて聞こえなくなった。
――お前が生まれた日に、お前と一緒に同じ世界で息をして、ともに生きていられるこの奇跡。
fin
モドル
※ヅラ、今年も誕生日おめでとうううううう! というか、ヅラが幸せだといいな、ヅラもちょっと我儘言っていいんだよとか(いや、色々銀さんに頼りっぱなしですが)、そんな感じです。シリアス長編のお家騒動の話も、(話が更に長くなっちゃうからだと思いますが)缶蹴りにだけ参加してたんだよーとか後でやっちゃうヅラが健気過ぎて(ほろり)。先生が迎えに来る、とかで、うっかりとヅラも死にたいのかなどと一瞬びくびくしてしまった自分が憎い。でも、結構生死についてヅラはあっさりしていそうだから、それは本当に恐いので、銀さんはあの動乱の中、ヅラがいなくて本当にほっとしてたんじゃないかなー、それが「ヅラが見たら喜びそうな光景だぜ」みたいに思った中にあるんじゃないかなーとか妄想しました。なんで、こう。何というか。本当に傍にいることが当たり前なのが幸せというか、それがプレゼントというか。そんなイメージで。 他の原稿もやってる合間なので、見直ししたらまたちょっと修正するかもですがとにかく期日に間に合えェェェエ! で、少し短めになってしまいましたが、お誕生日ネタです。最近、ヅラの苗字が頭の中でナチュラルに坂田さんに変換されてうっかり今回もヅラじゃない坂田だとか書きそうになりました。1番くじも、ヅラザベスを引いたらそのすぐ後に銀ザベス来たしね!!幼い姪っ子(何故か、訪米した時にアニメDVDオマケのエリザベスの袋だけ、知人に貰ったとかで持っていた)にも(きゅんキャラ人形が)夫婦扱いされた銀ヅラ万歳