君の生まれた日と君が生きている今日。 今日は誕生日だ。誰のと言えば、まだお子様タイムだと言うのに今隣にひっくり返って前後不覚の状態で熟睡している馬鹿のだ、と、銀時はさっき目を見開いたまま寝ていた相手の恐怖の形相を見て掌で目を無理矢理閉ざさせたことを思い出しながら考えた。
この熟睡中の電波男の誕生日を、この男のペットと万事屋3人と巨大犬一匹、時折様子を見に上がってくる大家のスナックの従業員たち、で万事屋事務所内でささやかに――と言うか賑やかに――祝ったのはつい数時間前のことだった。誕生日会では、紅桜の時の借りがまだ完全に返されていないことに対して延々といちゃもんをつけながらも、本当に時々、だが相手がいること、無事なことを確かめるように桂の袖を掴んだまま離そうとしなかった神楽がまず最初に潰れた。いつ眠ってしまったのかは解らなかったが、ケーキのスポンジに染み込んでいた酒のせいだろうか。いつしかぐっすり眠ってしまっていて、結局主賓の筈の桂が、リーダーが風邪を引いてはいけないからな、と袖は握らせたまま小柄な身体を両腕に抱き上げて神楽が寝床にしている押入れの方へと運んでいった。
皿洗いだの片づけだのはその間に新八とエリザベスの二人が一手に引き受けてくれて、そんなこんなで会場となった万事屋の事務所内にひとり残った銀時はケーキの皿をその隙に綺麗に舐めてしまっていたが、足音に気づいて顔を上げると肉球のない犬か貴様は、と背後から声が聞こえた。
「ご苦労さん。神楽は」
「寝かせてきた。なかなか袖を離してくれなくてな。危うく千切るところだったが代わりに酢昆布を出したら持ち変えてくれて助かった。年若いとはいえリーダーは若い娘だからな。俺が添い寝する訳にもいくまい」
実際問題、神楽の寝床である狭い押し入れに大の男まで一緒に詰め込むことは物理的に不可能だ、という事実は置いておいて銀時は肩を竦める。
「あんな乳臭ェガキ、添い寝しても子守唄歌ってくれる母ちゃん程度にしかならねーっつーの」
「リーダーも新八くんもすぐ大人になるぞ。子ども時代というものは短いものだ」
「何悟った風に言っちゃってんの、何孫のこと語るジジィみてーな顔しちゃってんの。まだまだアイツらはガキだよガキ」
「……」
桂が口を噤んだ。だが、その微妙に乏しい表情が何処か面白そうなものを見る眼で自分を見ていることに気づいて銀時は言った。
「……んだよ」
「子らが巣立っていくのはまだ先だろうがな」
それだけ言った桂の眼の奥の光は笑っている。
「――だが、貴様が子を育てるようになるとは思わなかった。成長したものだ。先生もきっとお喜びになっているに違いないぞ」
「うっせーよ、それを言うならてめーがこんな妄想癖の美的感覚の狂った電波になるとは誰も思ってなかったろ、誰も」
反論すると、長椅子で隣に座り直した桂の眉が、きり、と引き締められて真っ直ぐ前を見――ているように見せながら実際には目の焦点が相手の上でなく何処か別の場所、いわゆる空想空間に向けてぶれた。あ、まずい、またこれは妄想が高速道路を規定スピードの倍で走り出す予兆だ。悟った銀時は周囲を見るが、テーブルの上の皿は片づけられてしまっていて今は空の湯呑程度しか置かれていない。
「き、」
最初の一言、多分貴様だろうと思われるところで、銀時は取りあえず相手の顔面に拳を叩きこんだ。
「……見事、なツッコミだ、銀時。もう俺の教えるべきことは」
「何も教わってねーだろーが」
口にしてから、いやもしかしたらこいつの扱いについては毎回教わっているのかも知れない、と思ったが、口に出しては言わずに拳を引っ込め、銀時は別の言葉を押し出した。
「ちっとは成長しろよてめーも」
「成長か。したろう」
「してねーよ」
「した」
「してねえ」
「したと言ったらした」
「だから何処が成長したってんだてめーはよ」
「背が伸びたぞ」
がくり、と銀時がテーブルに頭を落とした。桂はその様子を見ても至極冷静に続けた。
「体重も増えたが」
「いやもういいから。解ったから、そうじゃねーよ頭の中身とかだよお前の場合」
諦めた。色々あったが諦めて放り出した銀時の前で眉を寄せてまだ成長した部分を言い募ろうとしていた桂の動きが、しかし不意に電池でも切れたかのようにぷつりと止まった。
「……ヅラ?」
名を呼んでもいつもの口癖は返ってこない。よく聞いてみると呼吸が安定していて、
「紛らわしいんだよ、目なんざ開けたまんま寝てんじゃねェェェェ! 第一ソレ元はと言えば俺の特技じゃねーかァァァア!」
肩で息を切らせるほどの大声で叫んでも、ぬーぬーと奇妙ないびきをかいて眠っている桂は目を覚ますことはなく、代わりに台所から眼鏡が覗いて、何やってんですか、夜なんで静かにしてくださいよ、と説教を口走ってまた消えた。
それで銀時は仕方なく、恐ろしい形相で眠っている幼馴染の眼を無理矢理掌で閉じさせて、奇怪ないびきをかく口も別の方法でしばらくの間塞いで、ようやく落ち着いた空間、ただ相手が穏やかな寝息をたてている部屋、を手に入れた。
銀時は、こいつは昔も目を開いたまま眠っていろうか、と考えながら傍らで眠る黒髪の男を見た。よく覚えていなかった。戦時中は皆自分たちが休むことで精いっぱいだったし、そうでなければこの男と自分とは大体ともに目を見開いて起きていたからだ。戦の間も――休む間も。ともに目を閉じてともに眠った。
ずり、と、長椅子の上で斜めに紺の着物の身体が傾ぎ、黒い絹糸がさらりと落ちてきて、肩に頭が当たった。
「おい、何、人の肩を枕にしようなんざ画策してんだ」
文句を言ったが相手は起きなかった。よくよく見ると寝る呼吸の規則正しさが相手の熟睡度を示していたので、自分の頭をぐしゃぐしゃかき回した銀時は、チ、と舌打ちして桂を長椅子の上に横たえてから立ち上がり、台所の方へと声をかける。
「おい、新八、オバQ、ヅラが寝ちまったんで今日はウチで預かっとくわ」
『え、寝ちゃったんですか』と、台所の方からプラカードが覗いた。
「さっき酒を随分飲んでたからな。叩き起こすにも骨が折れそうだしよ。それともお前が担いで帰るか」
言うと、少しの間プラカードが引っ込んで、ややして水音がしてからもう一度突き出された。
『桂さんを宜しくお願いします』
ペットだの友人だのと言うよりは保護者だな、と何となく思いながらも白いオバQの許可を得ると、男にしては軽すぎる幼馴染の身体を抱えあげる。
「粗食に耐えるのが侍とか、そうじゃねーだろこの軽さ。何成人男子の常識打ち破ろうとしてんの。それともあれか、ひょろひょろして日に当たらないヲタクか、トッシーかてめーは」
文句を言いながら肩に担ごうとしたら微かなうめき声に似た声ととも黒髪が動いたのでそれを止め、代わりに横抱きに抱え上げて自分の寝室の方へと運んで行く。運ぶ途中で頭が運び手の胸元の方へ、かくりと垂れた。
さらりと流れる黒髪に、呼吸で微かに上下する肩と胸元。途中少し揺らしたせいか再び微かに身じろぎした身体を少しの間見おろしていた銀時は、万年床に近い自分の布団に到着するととりあえず相手を横たえた。それから予備の布団を引き出してこようと立ち上がった時、いつもはだけている側の袖がぐい、と引かれた。
「……と、き」
寝言のような声が聞こえた。その声はまたすぐに寝息へと変わってしまったが、袖を掴んだ手は離れなかった。ああ、何このデジャブ。てめーはさっきの神楽か。内心でそんな風に呟いたものの、着物を脱ぎ捨てることも相手の腕を引っこ抜くこともせず、嘆息して銀時は桂の眠る枕元で胡坐をかく。
「――ガキかてめーは。どこが成長したのか言ってみろっての、この電波」
見おろした顔が揺れて、顔が横を向いた。うっとおしい程の黒髪が顔の上に落ちて、無意識の内に手を伸ばす。指で顔の上から黒髪を払い落としてやると、袖を掴んでいた腕から力が抜けて緩んで落ちる。だが、銀時は今しばらく立ち上がらなかった。
まあ、こうなるなとは思ったけどな。
そんな諦めにも似た、だが不快ではない逆の感情を伴った何かが頭を過ぎる。それから、顔を上げて雨音の響く窓の方を眺めた。
「まだお子様時間だろ、これからが大人タイムだよね、普通。こんな健全に早朝乾布摩擦とかしそうなジジィババァ的健康生活送るのっておかしくね? しかもここまで運ばせやがって。今日の誕生日会のお礼分含めて責任取れっつーんだよ」
ぶつぶつ言っていると、眠っていた桂の微かな欠伸の音が聞こえて、うっすらと瞳が開いた。
「……銀時」
寝ぼけた声で言うと、先に折角離した腕で今度は別のものを握りしめ、また相手の目が閉じる。
「――え」
視線を下ろす。
「……ビッツか」
「違うよ、違うからね、何紛らわしい寝言言ってんの、言ってくれちゃってんの、てめーが掴んでんのは俺の腕だから、腕だからねェェェ! 第一この太さでビッツとか何言ってんだてめーはァァァア!」
色々な意味で傷ついたガラスのハートの持ち主が叫び声を上げた。幸い自称大砲が握りつぶされた訳ではなかったが、名だたる剣豪だけはある強靭な握力で、次に桂が掴んだのは腕だったので。
「つーか待て待て待て、何か手の先蒼くなってきてんだけどォォォォ!?」
大声を出すと、また閉じた瞳が薄く開かれる。だが、うるさいと短く呟いただけでまた目も口も閉ざされた。
何とか腕を外そうとしたが外れない。諦めてがくりと頭を垂れた銀時は、ややしてようやく少し握力が弱まると大きく息を吐いてからしばらく考え込んでいたが、やがて自分も欠伸をひとつして、布団の脇、畳の上にごろりと転がった。そうして最初に戻る。銀時は、結局そのまましばらくの間は天井を見て板の模様を数えていたが、ややしてがばっと起き上がろうとして腕がホールドされたままなことに気づくとまた畳の上に横たわり直した。
畳が痛い。背中に痛い。
――地面だの土間だのよりゃずっといいけどよ。
真横に見えた寝顔にふと、そんな過去の感覚が戻る。だが、そんな言葉が頭を過った瞬間、はっと我に返って即座に現状を否定する。
「けどな、言っとくけどソレ俺の布団だから、お前のじゃねーから」
戦時中でもない。なのに何で自分の布団がこいつに奪われて自分が外で寝なくてはいけないのだろう。
そんな理不尽さに不意に駆られて熟睡中の相手の身体を押し退けると、自分も無理矢理布団に横たわる。だが、片方が痩身とはいえ大の男二人がひとつ布団では暑苦しい。特に何よりも、布団の上に散らばった長い黒髪が暑苦しかった。特に見た目が。
「だー、起きねーかヅラァァア!」
言葉だけで叫んでから、掴まれていない方の腕を伸ばす。
長い黒髪を引っ張らないように、だがどうしたらいいか解らずやや乱暴にひとまとめにして頭上へと追いやり、その手をそのまま桂の頭に触れさせる。
寝息は穏やかで、目を閉じさせた今の桂の顔は無防備に見えた。
「……」
天人と戦っている頃は、ほんの僅かの異変でも、鳥たちが鳴き止んだというただそれだけでも目がすぐに覚めた。相手の寝顔をまともに見たことはなかったが、飛び起きて見えた桂の眉は、いつもきつく寄せられていて解かれることはなかった。
黒髪に触れさせた手を布団の上に落とし、身を斜めに傾ける。穏やかな寝息が耳を擽る。そのまま落とした頭の先で唇同士が触れ合っても、桂は目を覚ますことはなかった。
「……ったく。ホント、責任ぐらい取れっての」
銀色の前髪の先を桂の額に落としたまま小声で言った銀時は、しばらく幼馴染の顔を見おろした。
そして、身を戻すと桂の脇にひっくり返り、腕は預けたままで目を閉じた。
「あと数時間、誕生日の間だけなら何でもしてやったんだけどな、まー寝ちまったんなら仕方ねえな」
「マジでか」
呟いた瞬間、返事が来た。がばっと起き上がったが相手の様子に変化はない。心臓を押さえながら、何だ寝言かとまた横になると再び桂の声が聞こえた。
「……ならば、このままでいろ」
「――起きてんの? 寝てんの? 寝言なの? 馬鹿なの?」
この電波な幼馴染に対する定型文的な言葉が口から洩れる。それに対する返事はなかったが、ただ腕を握る力がほんの僅かに強まって、銀時の腕が桂の胸元に引き寄せられた。
したいようにさせたまま瞬いて天井を見上げた銀時は、大きな嘆息を吐くと目を閉じた。閉じながら調子はずれの酷く音程の外れた音で歌った。
「はぁぴばーすでーとぅー」
「みー」
「やっぱり起きてんだろ寝たフリだろ起きてんなら布団譲れ畳で寝ろ」
「ぬ"ーぬ"ー」
「都合のいい時だけ寝るんじゃねェェェエ!」
ぜいぜいと肩で息をつきながら隣に横たわる頭に空いている手の拳を押し付ける。押し付けながら銀時は言った。
「まあ、言っちまったからな」――いてやるか。
誕生日も。……そして誕生日でない時も。fin
BGM:桃源郷エイリアン
モドル
※アップ遅くなってしまいましたが、ヅラ誕生日おめでとう!!! 今年誕生日当日がイベント日だったとか、もう何というか神様からのプレゼンツですか的な感じで。ヅラと銀さんは口では何やかんや言ってても、心の底じゃ信頼し合ってて、こいつなら背を任せられる仲間で、多分ヅラは大分きっと、真面目過ぎたり馬鹿過ぎたり騙され過ぎたりして銀さんに迷惑かけまくるといいよ。銀さんはそんなヅラを全身全霊でぶん殴ってツッコミしつつ、結局最後は諦めて甘やかしちゃうといいよ。神楽ちゃんも新八もヅラにも甘えるといいよ。今回エリーがあまり出せませんでしたが、それが心残り。エリーも大好きなので今度こそ。他のサイトさん巡ってて、銀さんがどれだけヅラを甘やかしてるかとかのチェックがたくさん入っていて、まだまだ自分は甘いなと思いました。ちなみに、ここでは多分基本、銀桂は毎年新婚のできちゃってる夫婦的な何かです。ご容赦ください。銀さんDVでヅラが電波です。攘夷時代の共闘話とか書いてみたいです。そのうち。攘夷時代は青い春的に。