Wish


 最初会った時は人違いだった。
 で、二度目には、軽い冗談の中で、こちらもからかって返した。
 それから三度目の今は、
「虹一、ずっと気になってたんだけどさ」
「雷鳴さん?」
 相手の赤い目を覗き込む。ちょっとだけ背が高い。細っこいのに私より余程切れる動きをする。悔しいけど。ついでに眼が綺麗だ。髪は白い。
「ら、……雷鳴さん?」
 戸惑ったみたいな声を聞くと我に返った。あ、またつい覗きこんじゃったのか。
「眼、綺麗だね」
 口をついて出た。あ、また思ってたことがついうっかりと。でも今は別に後悔しなかった。言っても失敗した訳じゃなかったし、実際に虹一の眼は綺麗だから間違っちゃないよね? 失敗してないよね?
「眼?」
 思わずっていうみたいに虹一がびく、と手を上げる。あ。失敗したのかな私。もしかして虹一、眼のこと気にしてたんだろうか。そう思った瞬間、またぞろいつもの「失敗して押し寄せる大波級の後悔」が押し寄せてきた。ずどーんと思わず落ち込んで両手と頭がだらんと垂れる。
「ごめん、気にしてた?」
「あ、い、いや、そんなことないよ!」
 慌てたように顔の前で手を振る虹一の顔を、頭はどんより垂れたまま眼だけでそっと見上げてみる。
 ああ、いっつもこうだ。そう言えば。
 思い出した。虹一は、真っ赤になって懸命に「違うよ」を連呼してた。そうだ。こういう奴なんだよなぁ、なんてちょっと思ったらおかしくなって、どんよりしてた頭を上げて笑った。
「虹一、顔赤いよー。ははぁ、さては私に惚れたな」
 にやぁと笑って親指をぐぐ、と立ててみると虹一の顔に浮かんでた赤い色が濃くなった。
「ちっ違っ!」
 そんな風に慌てる虹一に今の顔を見せてやろーと思って、ポケットから携帯を取り出してすかさず写メしてみた。カシャ、という音と同時に更に顔が真っ赤になった虹一に、涙が出るほど笑った。
「大丈夫だよ。私雷光と違うから、ちゃんと写ってるし」
「何処が大丈夫ーッ!」
 慌てて両腕を大きく振る虹一には、躊躇なく暗殺をしてのける忍びを斃す隠の顔も、江戸時代からずっと長く生き続けてるっていう驚愕の真実と一緒に見せたどこか悟ったようなどことなく自棄なような、そんな顔も見えなかった。
 虹一には色んな顔がある。それを今まで見てきたけど、でも、
「うん。私は今の顔が一番好きだな、レインボーメガネ」
 笑って言った。そして、携帯を奪おうとして手を伸ばしてきた虹一の脇の下をするりとすり抜けて、そのまま走り出す。名前を呼ぶときつい皆で考えたあだ名の方で呼んだけど、多分名前で呼んだら私はちょっと自分で自分が解らなくなって、その場で刀でも振り回してたと思う。
「すっ」
 なんだけど、私が走り出そうとしたら今度は虹一が何だかさっきの私になってた。その場で足踏みしたまま、両腕振り回して何か訳の解らない言葉をぶつぶつ言ってる。思わず足を止めてその場でUターン。そろりと足を戻す。
「こ、虹一……。どっか打った?」
「なっ、何でも! そ、それより雷鳴さん、ぼ、僕達も先生探しを始めないと、そ、それでその打ち合わせ、その、あ、あのさ、この間開店したあの角の喫茶店で」
「何だぁ、デートの申し込みか?」
 にやにやして、そんな虹一の胸元を肘でつっつく。
「そう、……じゃ、いや、ええとすみません許してください」
 また虹一の顔が真っ赤になったから、肘でつつくのはやめた。これ以上赤くしたら茹で上がりそうだったし、それにちょっと何でか私の気分が良かったから。
「じゃ、行こう。ぼやぼやしてると、帷先生のことだから、また乗り物に乗れなくてまごまごして灰狼衆に見つかっちゃいそうだし」
 ごー、と、壬晴がいたなら多分、彼が言ってたろう言葉を私が今は言う。言いながら、虹一の腕をひっつかんで胸元に抱えて、腕を組んで駆け出した。
「雷鳴さん!」
 何か叫んだ声がしたけど気にしない。
 私は、壬晴に笑えるようになって欲しい。帷先生にも笑って欲しいし、
「虹一にも、笑って欲しいな」
「え」
「皆で笑おう」
 そう言うと虹一の顔にほんのちょっとの間だけ私の知らない顔が浮かんだ。でもその私の知らない顔が嬉しそうに見えたから、それならそれでいい。
「うん。──雷鳴さんもね」
 不覚にも、そう言った虹一の腕がひょいと動いて私はちょっとだけよろけた。虹一に一瞬支えられて顔が正面から向かい合う。
「もちろん!」
 笑ったけど、ちょっとだけ顔が熱かった。

 最初は壬晴に笑って欲しかっただけなんだけど。そして私は馬鹿で何も知らないんだけど──。
 いっつも危ないことをすると叱ってくれて、それでいていつも見ててくれる帷先生や、それに──、今のままでいいんだって、私のままでいいって言ってくれた虹一の笑顔も、見たいから。
 驚かせるな。不死だからって無謀なことばっかするな。見えないとこで、苦しむな。すぐ治るからってわざと切られたり怪我したりするな。置いてくな。
 綺麗な真っ赤な眼で、皆と一緒に笑って。ずっと一緒にいよう。

 ──皆で、笑おう。それが私の願いなんだ。何よりの。

        end

モドル
※ノーマルカップリングはこの2人と、帷先生とハナさんと、実はこっそり十字ちゃん→壬晴も好きです。加藤君と戸隠首領も実はうまくいけばいいのに、とかひそかに思ってる派ですが。虹一と雷鳴ちゃんは、恋人未満ぎりぎりって感じのあのつかず離れずもどかしい、青い春まっしぐらな2人が大好きだ。(片方年齢だけで言うと爺さんだけどね!(爆)<鉄のラインバレルを見ているとどうしてもこんな単語が……! でも宗美さんより虹一のが年上なんだよなー。多分。マキナの話、今から少し未来だったか。いかん。読み直そう)でも多分、このカップルの一番の問題は、虹一が不死な多分フクロウとか猛禽類っぽいってとこではなく、雷鳴の兄が雷光であるというところにあると思います。いつかそんな兄のいびりに耐える哀れな鳥の話も書いてみたいですが、我雨がいびるなら自分をとかやきもち焼きそうなので謎。そして雷鳴ちゃんの一人称だけは確認しました。(虹一は?)