「大丈夫だったか?」
 耳元で声がした。細く白い指先、剣を握れば誰よりも強い意志をその先端に混める指が、硝子の薄い花瓶にでも触れるかのように、昼間の戦闘でかすり傷のついた彼の額に触れていた。
「──大丈夫だって言ったと思いやすがね」
 憮然としてみせながら返答すると、そうだったな、と微かな笑い声がした。
「大丈夫でさ。俺は頑丈なだけが取り柄ですよ」
「それだけじゃないだろう」
 小声が安堵の吐息とともに落とされた。鍛えられた、しかし無駄な部分のないすらりとした身を腕の中に抱きしめて、彼はぎごちなく相手の頭に口付けた。
「それだけですぜ」
「……そんなことはない」
 小声が聞こえる。銀の頭が胸元に寄せられた。
「いつも、すまない」
「何がで」
「……」
 少しの間、声が黙り込んだ。促すように背を叩くと、腕の中から再び微かな声がした。
「……いつも、お前を盾にしている。いつもお前に先に飛び掛らせている」
「俺が傷ついた時、すぐ治してくれるじゃないですかい」
 ああ、そうか、と思ったジャディスは、隊長の肩に顎を乗せるようにして、鬚で白い肩を撫でながら言った。くすぐったいのか、僅かに腕の中の身体がみじろぎする。
「それに言うなら、隊長の一撃は俺の一撃よりずっと強いですからね」
「お前がいなかったら撃てんさ」
「ストップ。お役に立ててんなら嬉しい、それでいいじゃないですか」
「……」
 銀の頭が彼の胸元に沈み込んだ。彼の腰に、幼児がしがみつくように腕が廻される。
「……お前は、行くな?」
「──」
 呟きが何を示しているものなのか、彼には解った。
「行くはずがねえでしょう。……大体、俺を盾として必要としてくれる、大切な人がいるもんで、なかなかそう簡単には行けねえんで」
 微かな笑い声。ジャディスは毛布の下で、相手の青年の銀の髪ごと、もう一度ほっそりした身を太い腕で抱きしめた。
「俺のせいか?」
 公的な「私」ではない、彼の前でだけ使う一人称。今度はジャディスの方が笑った。
「そうですね、隊長のせい、ってことにしといてください。いや、実際そうなんですがね」
「隊長、のせいか」
「……アインのせい、で」
 愛称で言い直すと、顔を上げた青年と視線を合わせる。どちらともなく朱の色を頬に過ぎらせると、ジャディスがその顔を自分で抑えた。
「ジャディス?」
「──」
「どうかしたか」
「いや、いえ、何でも」
「……」
 更に口を開こうとした、普段は切れ者なのに関わらずこうした感情には鈍すぎる青年は、しかし、不意に先の朱色を赤へと変えた。
「しっ、仕方ねえでしょう!」
 青年の顔色の変化に気づいたジャディスは、さすがに鈍感なその青年ですら理由に気づかざるを得なかった自分自身の身体の変化に、もぐもぐとしたこもった口調で弁解をする。
「アインが」
「俺が?」
 赤面しながら、しかしどこか怪訝そうな顔で返した相手を一度強く抱きしめる。
「欲しくなっちまった」
「──」
 肩の先まで赤くなった青年は、顔を伏せると、赤面したままで何かを彼に訴えるようにもどかしげに身を寄せた。
 ジャディスは、もう我慢しなかった。

 細っこいのに腕っ節と度胸で、遥かに彼を凌駕していた銀色の少年。寄る辺ない子ども時代から、気づくと傍にいた存在。笑い、泣き、馬鹿をやりながら過ごした最悪の毎日。
 そして、そんな最悪の日々ですら耐え忍べていた理由、2人が何より大切にしていた小さな少女が、──もう二度と戻らない場所へと行ってしまった時。
 銀髪の少年がこの世のすべてから心を閉ざしかけた時。
 もう二度と失うまい。二度と、

「あん時からね」
 互いを再び隅々まで知った後、今度こそ穏やかに眠りについた銀色の髪を撫でながら、ジャディスは呟いた。
「俺は、あんたの為なら何でもするって決めてんですよ。……俺の、」
 アイン、と囁いて、副長は隊長の身を抱き寄せたまま、自分もまたまどろみに身を任せた。

 この人を守る為なら、盾になる。いつでも、そしていつまででも。


        end

モドル
※朝チュンしました。朝チュンなら18歳未満の方でも大丈夫なのか。謎なのですが取りあえず。というか、隊長と副長の過去捏造しまくりです。以下は全て無論妄想ですが、過去も無論大幅に捏造です。ていうか過去が激しく妄想できる程度に解っているところがいいね……! 好き放題です。ともかく副長と隊長は両思い(一応)。基本、私はファルズフのママ(隊長)とパパ(副長)なのでそんな感じで流し見てくださると。あと、うちの隊長は紙パックで、体力の5倍ぐらい魔力があります。つまり魔力の5分の1しか体力ないです。無論、弱い敵にすら1度吹き飛ぶとお手玉されます。最近ずっと副長が突進した後から強大魔法をかけることで戦い続けてきた為の妄想。そんな感じ。なお、うちの隊長はコーアスです。得意技は移動速度180+での脱走(爆)。