※エンディングネタバレ有りの為、クリア前の方はご注意ください。
手 怖いって言っても構わないのさ。
女の子だからね、と彼女は言った。
「……」
カペルが立ち去った後、グスタフの毛皮に顔を埋めていたヴィーカの肩が、軽く叩かれる。
「あたしは見回りに行ってくる。魔物が近づいて来ないとも限らないからね。グスタフ、おいで」
「え。グスタフも行くならおいらも」
「あんたは休んでな。あたしも一回りしたら休むさ」
笑ってそう言ったドミニカの目の奥に、何か別の光が見えた気がした。
「でも」
「いいからいいから」
笑って、大きなクマとともに彼女が立ち去るとき、声が聞こえたような気がした。
……あたしは後悔したよ。だから、あんたは後悔しないようにね。
「……え?」
しかし、その声を聞いたと思ったときには、赤い大きな生き物と赤毛の女性はもう洞窟の角を曲がって姿を消していて、本当にその声が聞こえたのかどうかは解らなかった。
「……」
不意に、1人だ、という感覚が押し寄せてきた。1人ではない。洞窟の他の場所や入口付近には、まだ他の人々もいるだろう。けれど、今まで側にいた暖かくて大きな生き物や、何故か反論できない姉のような女性がいなくなると、洞窟は本来もつ寒々しさを取り戻したかのように静まり返り、ただ冷たい空気が、時折はぜる薪の音の上を流れていくだけになった。
「ドミニカ」
名前を呼ぶ。
「グスタフ?」
呼んでも、もう2人は見回りに行ってしまった。泣き叫ぶような大声ででもなければ、声は届かないだろう。
「グスタフ」
ほんの少しだけ、眉間に皺が寄る。どうしたんだろう。眼の奥が熱い。歯を食いしばったヴィーカは、必死で声を押し殺した。怖いなんて言えない。言っちゃダメだ。皆だって頑張ってる。おいらは、泣かない。
必死で耐えていたものを飲み下そうとしたとき、不意に肩に手が置かれた。
びくりとして、押し殺そうとしていた悲鳴が微かに口から漏れる。しかし、両手で自分の身を押さえた瞬間、ふわりと香ってきたのは、このところよく知るようになった匂いだった。夜、眠れなくて、寂しくて、寝返りを打ったとき。側にいてくれた匂い。
「ど、──どうしたんだ、ヴィーカ。驚かせたか?」
戸惑ったような声が高い位置から返って来る。肩の手は、大きくて暖かい。
「……え、……ど」
見上げると、背の高い青年の青い眼と自分の目があった。口ではいつも怒ってばかりのエド。でも、父母から遠く離れて気丈に過ごす幼子たちに、夜、必ず絵本を読んであげるエド。遅れがちの歳若い自分や2人の子どもたちのことを、さりげなく気遣ってくれて、文句を言いながらも歩けなくなった子をおぶって歩いたり、動けなくなりそうなとき、不器用にだけれど励ましてくれるエド。
「ヴィーカ?」
顔がぐしゃりとなった。きっととんでもなく酷い顔をしているんだろう、とヴィーカは自分で思った。だが、それでも笑うことができなかった。
「……!」
振り仰ぐと、エドの服の裾を掴んで彼に頭を押し付ける。暖かかった。グスタフのようにふかふかの毛皮はなかったけれど、同じぐらいに暖かかった。
「ヴィーカ……」
泣き出したヴィーカの上に、僅かに戸惑ったような声が降りて来る。けれどその声は、ヴィーカを引き剥がそうとも、理由を問いただそうともしなかった。ただ、暖かくて大きな手が、ヴィーカの背中をゆっくり叩いてくれた。
「怖いよ」
ヴィーカは、嗚咽しながら言った。絶対言うまい、と思っていた一言が、口から漏れ出す。一度漏れると、言葉を止めることはできなかった。
「怖いよ、エド」
「ヴィーカ」
「おいらたち、生きて帰れるの? 月を繋ぎとめちゃうようなやつと戦って、皆無事で帰れるの?」
どん、と目の前の青い服を叩く。怖かった。恐ろしい敵だと聞いている。本当にできるのか? 自分は果たしてそんな敵と戦えるのか。死ぬとは何か、どんなことなのか。自分たちは生きていられるのか?
拳で何度か叩くと、その手を相手のもう片方の手が捕らえた。
「……守ってやるから」
声が降りて来る。捕らえられた手が、大きな手の中に優しく包まれた。
「カペルの背中と一緒に、お前らもな。だから……、今日は安心して休め」
「エドは!」
泣いて真っ赤になった顔をばっと上げる。
「エドを守ってくれるヤツは」
「俺は」
エドの言葉がほんの少し止まった。その顔に、失った兄の顔が交錯する。優しかった兄。いなくなった兄。失う、ということがどういうことなのかヴィーカは知っていた。
いなくなること。二度と会うことができなくなること。触れることも声を聞くことも何もかも。
青い服を握り締めた手が、赤くなって震えた。ふと、見下ろしていた目に笑いが浮かんだ。
「俺は──皆がいるからな」
「……」
その声が妙に優しく聞こえたので、ヴィーカはそのまま、エドの腹──胸元に顔を埋めるには、ヴィーカの背は低すぎたので──に顔を埋めて、青年にしがみついた。
嗚咽が少しずつ止まる。触れている身体から、暖かい何かが流れ込んできて、寒さを押し退けてくれるようだった。
「おいら、……エドを守るよ」
「お前に守られるようじゃ、俺も終わりだ」
「今、皆がいるからって言っただろ」 言い張ると、むすっとしたような、しかしどこか照れたような声が戻ってくる。 「皆、だ。お前にってわけじゃない」 「おいらだって守れるってば」 むすっとして言うと、そのまままた、とんと頭を青年の身体に押し付ける。 「守るからさ」
小声になる。暖かい鼓動が頬から伝わってきて、不意に眠気が襲ってきた。
「守る、から……。だから、……怖いけど、……一緒に」
戦うよ、と、その言葉は本当に口にしたのか解らなかった。気がつくと雨は止んでいて、朝になっていた。
側には昨晩と同じくグスタフとドミニカがいたけれど、青い服の青年の姿は見当たらなかった。
探しているように見えたのだろうか。ドミニカが、笑いを堪えるように拳で口元を押さえながら教えてくれた。
「エドなら、さっきあたしらと交代に、外を見に行ったよ」
「う、そ、そうか。って、べ、別にエドを探したりなんてしてないよ!」
「そうかい?」
今度ははっきりとした笑い声。
「それなら構わないんだけどね。あの坊やが、あたしらが戻って来るまでずっと、あんたを膝の上に抱いて寝てた、ってことぐらいは教えといた方がいいかと思ってさ」
「え」
ドミニカの声を聞いた途端、顔が熱くなった。心臓の鼓動が妙に早くなる。そしてヴィーカは気がついた。昨晩、あれほど怯えた恐怖、得たいの知れない恐ろしさ、死への、激戦への恐怖が薄らいでいる。
「ま、あの坊やのことだし、手出しなんざしちゃいなかったけどね。むしろ手出しぐらいした方がいい歳だとは思うんだけどねえ……、まったく、将来が心配──」
軽口で言ったドミニカの声が止まった。視線がヴィーカの上に落ちている。ヴィーカは、何だよ、と言ってむくれながらグスタフの毛皮の中に頭を埋めた。心地よい温かさが頭を包む。そう、彼とは少し違うけれど。
彼? 自分で思ってから、顔がまた熱くなった気がした。そんなヴィーカを見ていたドミニカは、大笑いして手をはたく。
「──大丈夫そう、かね。ま、そこは」
ぽんとヴィーカの頭が叩かれた。
「あんたが教えておやり。いつかね」
「何をさ」
「もう数年したら、きっと自然に解るよ。女の子だからね?」
女の子の特権なんだよ、とまた片目で目配せをして、ドミニカは伸びをした。入口の方からざわめきが聞こえる。どうやら、他の面々も起きてきたようだった。
「お、おいらは!」
「さ、行くよ、ヴィーカ。遅れるとメシ抜きだよ!」
飯抜き、の言葉に反応したのはヴィーカではなく、ヴィーカが捕まっていた赤い生き物の方だった。起き上がったグスタフに引きずられるようにして立ったヴィーカは、ほんの少しだけ、グスタフの毛皮に顔を埋めてから、自分の頬を両手で叩いた。
「よしっと、行くぞー!」
すべてが終わり、2年が経った。
何もかもが元通りになることはなかったし、これからどうなるかは解らなかった。でも、残された動ける人々には、やることがたくさんあった。
むしろありすぎた、かな? とちょっと思うこともある。
若い新たなブルガス王の執務室で書類を整理しながら、ヴィーカは、唸り声を上げて書類をばらまく若い王を、笑い声とともに見た。
陛下と呼べ陛下と、と偉そうな声が飛ぶ。いやだね、と軽口を返して書類を追加する。エドの困りきったむくれた顔を見て、自分が笑う。
カペルの口癖のように「こんなことになるなんて、1年前だったら思わなかったな」と言いそうな自分がいることに、ヴィーカは気づいていた。
そう。女として見て貰いたい、だなんて、思うようになると思わなかった。でも、何となく悔しいから──気づくまでは、言わない。
陛下、なんて呼びたくないよ。
だって、エドの名前が呼びたいから。
──エド、いつ気づいてくれるかな?
endモドル
※ネタバレ有りというか、むしろクリア+鎖の台地戦闘あたりでヴィーカのTalkセリフを聞いてないと解らないネタっぽい。でもエドの匂いセリフには大笑いしたというか、むしろユージンは香を焚き込めているのかとか驚愕した覚えが。ってのはオイトイテ。一番好きなのはシグミント様で、一番好きな組み合わせはカペ×シグなのですが、ノーマルカップリングの中では一番好きなのがこの2人で、何となく掲示板とかの感想読んでいたら書きたくなって30分足らずで書いた内容なので、内容はないようです(寒)。ちなみに2番目に好きなのはカペ×エドで、つまりカペルが総攻め、エド総受け(女性含む)、シグ様受け(エドとは百合(違)で)なら何でもいいようです。女の子はヴィーカが一番好きです。他の子も可愛いんですが。ツボおしすぎだよ、ヴィーカ! そんな感じで。カペシグ、カペエドはまた改めて。というかむしろ本を出しそう。